雑記

「幸せかどうか」はその人が決める——幸福主観論

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自分は幸せだと思っているのに、他人から「あなたは本当は不幸だ」なんて言われたことはありませんか?
人間の幸不幸はいったい誰が決めるのか。何によって決まるのか。
その答えは驚くほどシンプルなものでした。

「幸せ」とは何か

人は、どうやって自分自身を幸福か不幸か判断するのでしょうか。
幸せのバロメーターはいろいろありますが、前提として必要なものは以下の3つです。

健康

不自由ない健康状況。まずこれが必須です。
幸せだと感じるのは生きているからで、生きるためには健康である必要があります。

特に肉体的苦痛もなく、精神的圧迫もない状態。
現代社会では見落とされがちですが、「健康」であることこそが幸せの第一条件です。

お金

ここでいう「お金」とは、「不自由なく生活できるためのもの」という意味です。
決して「お金持ちなら幸福である」という意味ではありません。

お金さえあれば幸せになれるわけではありませんが、生きていくためにお金は必要です。
お金がなければ食事ができませんし、家にも住めません。怪我をしたり病気になったりしても治療が受けられませんし、やりたいことのほとんどが不可能あるいは極めて困難になります。

「貧乏でも幸せ」という人もいますが、その日食べるものに困るほどの貧困状況では「幸福」という言葉を思い浮かべる余裕すら皆無でしょう。

やはり、ある程度のお金は必要です。

人間関係

信頼できる仲間、愛する伴侶や家族。
深い人間関係はその人の幸福度に直結します。
よく幸福の尺度として使われる「愛」もここにカテゴライズされます。

とはいえ、「健康」「お金」に比べるとやや個人差のある項目でもあります。
「一人だけど幸せ」という人も世には大勢います。

ただ、やはり「深い人間関係が有るならば有った方がいい」というのも事実。
恋人と付き合っている最中に幸せを感じた方も多いのでは。

幸せのカタチ

一般的に「健康で、お金に困っておらず、深い人間関係がある」人ならば幸福である可能性が高いと言えます。
しかし、それだけでその人が幸せであるとは限りません。

人によって価値観は異なります。
たとえ難病を患っていても、1日20時間労働を強いられていても、他のどんな人がどう判断しても不幸な状況だというような場合でも、その人が幸せだと思っているならその人は幸せなのです。

「そうじゃない、キミは本当は不幸なんだ!」と他人が言ったところで、その人の幸福の尺度判断が覆るとは限りません。
我々が江戸時代の人に「なんて不便な時代で不幸なんだ」と言っても「こっちは密な人間関係があるからそっちより幸せだ」と言い返されるかもしれません。

地球の歴史の数だけ多くの国や文化や民族がいました。
その中で「統一的な幸せの基準」というものは存在しませんし、これからも登場しないでしょう。

人の数だけ幸せがある。
幸福とは曖昧なものなのです。

幸せかどうかはその人が決める

では、幸せとは一体なんなのでしょうか。

なんとなく察しがつくかもしれませんが、幸せとは単なる「価値観」のひとつです。

だから人によって答えが違い、国や時代によっても異なり、ともすれば同一人物でも時期によって差異が生まれてくるものなのです。

限りなく曖昧模糊で、個人レベルですら収束しないのが「幸せ」の定義。
すなわち他人によって判断される自らの幸不幸の基準は、参考程度にしかならないのが実情です。

「その人が幸せだと思っているかどうか」。
ある時点での自分の人生に対する価値観。それが幸せの正体です。

まとめ:幸福に生きよ!

幸せに生きるためには何をすればよいのでしょうか。

価値観という動的な尺度によって決まる漠然とした「幸せ」を追い求めるのは困難です。
が、方法は2つあります。

1つ目は「今やりたいこと・将来やりたいこと・過去やりたかったことをやる」というもの。
心の底から実践したいけれど、現実的に立ちふさがるあらゆる障壁を乗り越えなければできないもの。得難く、それゆえに本心から欲するもの。
「死ぬまでに絶対やりたいこと」と言い換えてもいいかもしれません。
人生の中でどうしてもやっておきたいこと、それを行っていくことこそ正道の「幸せ」と言えます。

2つ目は「幸せではない物事を排除していく」というもの。
元来、幸福というものは言語化するのが難しいものです。
語りえぬものとも言えるでしょう。
語りうるものについては明晰に語れて具現化も可能です。目標を立てて実践していくのも容易いでしょう。
しかし語りえぬ実体のないものに関しては、沈黙せざるをえません。
ならば、語りうる「幸せではないもの・不幸なこと」という明確な物事を自分の人生から取り除いていけば、おのずと幸せに近づけるはずです。限りなく。
その道程で「これが自分の幸せだ!」と気づけるものに出会えたら、それ自体が幸せなことです。
全力で努力してそれを手に入れましょう。

幸せに生きるための唯一解は、それ自体を求める意識や行為にある程度内在します。
放っておいても人間は幸福を求める生き物です。とりたてて気負う必要はありません。
堕落せず、惰性で過ごさず、言い訳をせずすぐに諦めず、何事にも全力で挑戦しそれ以上に万事を楽しむ心意気があれば。
いつか辿りつけるでしょう。素晴らしき日々に。

幸福に生きよ!
『草稿』(ウィトゲンシュタイン)

-雑記

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